小池百合子/第20代東京都知事 NEXT>>



小池百合子






1992年 細川護煕が旗揚げした「日本新党」に入党
7月の第16回参議院議員選挙に初当選

1993年、第40回衆議院議員総選挙に鞍替え立候補し、
旧兵庫2区にて社会党の土井たか子に次ぐ2位で当選。
日本新党は躍進し、非自民の連立による細川内閣が成立した。
小池は総務政務次官に就任するが連立政権は1年足らずで崩壊する。

1994年、「新進党」結党に参加。
1996年の第41回衆議院議員総選挙では、
小選挙区比例代表並立制の導入に伴い兵庫6区から出馬し、再選。
新進党では、小沢一郎の側近となり、
1997年の新進党解党後は小沢率いる「自由党」に参加。

1999年、自民党と自由党の連立に伴う小渕第2次改造内閣の発足にて
経済企画政務次官とる。

2000年の自由党分裂に際して小沢と決別し連立与党に残留、
保守党結党に参加。
同年6月の第42回衆議院議員総選挙で3選、

2002年12月、保守党を離党。保守クラブを経て自由民主党に入党。
清和政策研究会(当時森派)に入会した。

2003年9月
第1次小泉第2次改造内閣で環境大臣として初入閣。
同年10月の第43回衆議院議員総選挙で4選。
第2次小泉改造内閣より内閣府特命担当大臣を兼任。
環境大臣は第3次小泉改造内閣まで務め、
2005年夏の軽装化キャンペーン「クール・ビズ」の旗振り役を務める。

2005年の第44回衆議院議員総選挙で
東京10区に刺客として国替え
結果、民主党の鮫島宗明や小林を大差で破り、5選。


2006年に発足した第1次安倍内閣では、
内閣総理大臣補佐官に任命される。
2007年7月3日、防衛大臣久間章生の辞任後の後任の防衛大臣に起用された。
女性初の防衛大臣である。


2007年8月、
イージス艦機密情報漏洩事件にて、「防衛省内で誰も責任を取っていない。私は責任を取りたい」として、内閣改造で自身の再任を固辞、離任した。

2008年9月、福田康夫の辞任に伴って実施された自由民主党総裁選挙に立候補した。
自民党結党以来、女性の自民党総裁選出馬は史上初であった。
結果は、麻生太郎、与謝野馨に次ぐ3位。
党員票は麻生に次ぐ2位であったが、地方票は0票であった。

2009年の第45回衆議院議員総選挙では自民党への逆風を受けて小選挙区では民主党新人の江端貴子に敗れ、比例東京ブロックで復活当選した。
9月3日、「派閥単位でなく、党全体で結束すべき」として町村派を退会し、無派閥となった。
麻生退陣に伴う2009年自由民主党総裁選挙で推薦人に名を連ねた谷垣禎一が当選、
谷垣総裁の下で党広報本部長を務める。
2010年6月9日の自民党ネットサポーターズクラブ設立総会で、相談役に就任した。

2010年9月の党役員人事で、自由民主党総務会長に就任した。
党三役に女性が就任するのは結党以来初めてであった。2011年9月退任。

2012年の第46回衆議院議員総選挙では、東京10区で前回敗れた江端を大差で破り7選。
選挙後、自由民主党広報本部長に就任する。
2014年の第47回衆議院議員総選挙で8選。


2016年東京都知事選挙に立候補する意思を表明。
自民党東京都連に推薦を依頼したが推薦を取り下げ、
自民党に進退伺を提出し、無所属で出馬
自民党は小池を応援した者の処分などを通達した。
投票の結果、2位以下の候補を大きく引き離す291万2628票を獲得して当選し、
女性初の東京都知事に就任した。

東京都知事に就任、自民党離党







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